例えばの話

 例えばの話、ここが共学で、オレが女の子で丸く柔らかいからだを持っていたら、この人の世話の内容に性欲処理が加わったりしていたのだろうか。人に片付けを任せたままぐっすり眠っているレオナさんの顔を見ながらあり得ないことを夢想してみる。整ったきれいな顔。王族。ハイスペック。例え女に生まれていたとしても、この人に選んでもらえるとは思わない。ただ、不思議な因果でこの学校で寮長とその世話係として運命が交差したのだから、女でさえあればワンチャンあったかもしれない。避妊具にうまく穴でもあければツーチャン。

 そこまで考えたところでなんだかばかばかしくなってやめた。今のこの関係は一応オレが実力を示して築いたものだし、この人に色仕掛けが通じるとも思えない。今よりずっと遠い関係になってた可能性もある。レオナさんの寝ているベッドの端にこしかけて、胸に手を当ててそのまま腹までなでおろしてみる。そこには肉のついていない、薄っぺらい体がただ存在するのみだ。

「レオナさん、一度くらい抱いてくんねーかな」

 ため息と変わらないほど小さな呟きは、誰にも聞かれることなく空気にまざって消えた。

 例えばの話、俺が抱かせてほしいと言ったら、ラギーはなんと答えるだろうか。金さえ払えば大抵のことはイエスというが、あれで矜持は捨てない男だ。その矜持が「体を売ってでも金を得る」か「金のためでも体は売らない」かは判別できない。男子学生らしい猥談の一つでもしておけばあいつの貞操観念を知ることができたんだろうか、と自問してみるが今までの関係を思うとそれはなんだか想像しづらかった。それに金を払って合意を得ても、それは自分の欲するところではない。

 自分の恋愛対象が男だと思ったことはなかった。あまり女が得意ではないこともあり恋愛経験は多くはないが、初恋は月並みに幼少時に熱を出すたびに治療をしてくれた女医だったし、それ以降も男をどうこうしたいと思ったことはない。だがラギーの細い手首やうなじを見ていると噛みつきたくなるし、あの薄い腹を思う存分手のひらでなでまわしたくなる。つっこんで揺さぶったらどんな声を出すのか。

 そこまで考えたところでなんだかばかばかしくなってやめた。始まりはビジネスの関係とはいえ、諸々の出来事もあってそれなりに信頼関係を築いている相手に、一方的に性欲を向けているのも滑稽な話だ。自分のプライドを守るために、自分の欲望と向き合えずにいれば、それは歪みを産む。言うだけ言ってみるか。

 寝たふりをやめてラギー、と呼ぼうとしたところで現実に言葉が響く。

「レオナさん、一度くらい抱いてくんねーかな」

――抱き寄せて例え話を実行に移すまであと5秒。

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