キス

 唇をあわせることがこんなに気持ちいいなんて知らなかった。

 レオナさんはキスが上手い。まず今からするという宣言を目だけでするところがずるい。それからそっとオレの顎を持ち上げてやさしく食むように口づけてくる。日ごろあれだけガサツで、オレを雑に扱うくせに、キスの仕方は物語に出てくる王子様のそれだ。最近はわざわざ手袋を外してオレの頬にも触れるから、余計に儀式めいている。唇に集中したいのに、そこから伝わるぬくもりに邪魔される。

 付き合い始めて初めてキスをしたときに、まるでレオナさんのすべてを知ることができたみたいな浮かれた気持ちになり、同時にこのキスの仕方を教えた誰かにどうしようもなく嫉妬した。過去に誰かそういう人がいたのか、きいたことはなかったけれど、誰かと完成させたのだろうとしか思えない、よくできたキスだった。

 現在進行形で他の雌の影があるならともかく、過去に嫉妬するなんて馬鹿げていると頭ではわかっている。それでも今のレオナさんをかたちづくったものの一部が妬ましい。

「ん……」

 レオナさんの部屋で魔法史のレポートを見てもらっていたら、そういう雰囲気になって、またオレたちはキスをした。だけど今日はいつもと違っていてオレから離れたレオナさんがムッとした顔をしている。

「え、なんスか」

 何かにおいのきついものでも食べたっけ、とちょっと慌てたがレオナさんの口から出た言葉は意外なものだった。

「お前、こういうことしたことあるのか」

「は?」

 こういうこと、とは。キスした直後ののぼせた頭じゃすぐに頭が回らない。

「キス、慣れてるのかってことだよ」

「な、れてるわけない……じゃないスか。ガキの頃まわりの大人にされたのノーカンにしたらレオナさんが初めてなのに」

 慣れているわけがないだろう。いつも与えられるものをただ受け取るので精いっぱいなのに。それをこの人はわかってないのだろうか。

「……そうかよ」

「あ、ちょっと勝手に喜ばないでくださいよ」

「喜んでない」

「嘘つかないでください」

 オレが引きさがらないでいたら、レオナさんは大きくため息をついて頭をかきながらぼそっと言い捨てた。

「なんでお前はキスが上手いんだろうなって思ってたんだよ」

 キスする空気読んで目を閉じるのも、唇の受け方も、してる最中に背中に手まわすのも、どこで覚えたんだコイツオレは初めてなのにってずっと思ってたからな、と一気に言って、一拍置いて、くそ、と言って横をむいたレオナさんの顔は心なしか赤かった。

「レオナさん……」

 それは、オレと同じ。

 そう思ったら感情があふれて思考回路がめちゃくちゃになってしまったオレは思いっきりレオナさんに抱きついた。

「!? ばっかお前軽いとはいえいきなり抱きつくんじゃねェよあぶね」

「もーほんとにオレあんたのこと好き!」

「なんだよ急に」

「オレだってレオナさんの昔の相手の影にむかついてたんスよ」

「誰だよそれは」

 レオナさんもオレの体に腕を回す。

 だからオレは少し背伸びして、初めてオレからレオナさんにキスをした。初めてなのに、ずっと昔からやり方を知ってるみたいに上手くできた。

「なんにも知らないのにキスが上手いってことは、きっとそうするために生まれついたってことッスね」

 シシッと笑って見せたら、レオナさんはあきれたように笑って、それからもう一度キスしてくれた。

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