星の光は

「へーここにも星送りってあるんスね」

 本屋の店頭の掲示板に貼られた「星送りのごあんない」の掲示を見ながらラギーは言った。

「星札は次の場所で配布しています……?」

 星札という見慣れない単語に疑問を抱いて呟くと、本屋の店長が声をかけてくれた。

「星送りっていろんな場所に風習としてあるんだけど、やり方は結構違うんだよ。このあたりだと、木の札に願い事を書いて浜辺で燃やすんだ。炎の光を目印にして星が願いを叶えてくれるって考えたんだね」

「へー煙たくて女神様に怒られたりしないんスかね」

「ハハハそれは確かにいただけないな。まあイベントみたいなものだから気軽に書いてくれよ。回収箱はあそこにあるからさ」

 うみぼし書房と書かれたエプロンの大きなポケットから店長は薄い木でできた札を二枚取り出すと、これ二人分ね、とラギーに手渡した。指された方向には星札回収箱と書かれた手作りの箱が置いてある。

 会計を済ませたレオナが戻ってきたので、ラギーは帰り道で今聞いた内容を話しながら星札を一枚手渡した。レオナはふうんと言ってその札を眺めるとスマホを入れているポケットにしまった。

   ◇

「今日夜バイトッスけどレオナさんメシどうします」

「店行くわ」

 ラギーの夜のバイト先は夜になると酒も出す小さなカフェダイニングだ、ラギーがバイトの日は、レオナが店に来て夕食を食べて帰ることもある。

 私のことはママと呼んでくれという女主人と、ホールに出たりドリンクを作ったりするアンさんという女性の二人でやっていた小さな店に、雇ってくれないかと申し出たときに、あんた喧嘩は強いのか、と聞かれ、まあ治安の悪いところに住んでたんでそれなりに、と言ったらホール兼サブ調理兼守衛として雇われることになった。借金取りにでも追われているのかとラギーが尋ねると、違う違うとママは言って、アンはね、国から逃げてきたお姫様なんだよ、とちょっとどこかで聞いたような話をしたのだった。

 本当か嘘かよくわからなかったし、本当だとしたら国からの追手相手にラギー一人で太刀打ちできるのかもわからなかったが、レオナを呼んだらじゃああんたも一緒に食べちゃいなよといって休憩を入れてもらえる程度にはゆるい職場だったし、ママの作る家庭的な料理は二人とも好みの味だったから、この店のことは気に入っていた。

「あれ、アンさん何やってるんスか」

 ラギーが店に入ると、アンさんはカップルを相手に何やら楽しそうに話し込んでいる。

「占いだよ。お遊びみたいにしてるけど、あの子のあれは本物だからね」

 ママが人差し指を口もとにあて、内緒、のジェスチャーをする。

「あんまりおおっぴらにやって、話題になりすぎると、余計な客が来るからね」

 学校でも占星術の授業はあったが、あれは統計と魔法の掛け合わせみたいな授業だった。本物ってどういうことだろうとは思ったが、よく当たる占いなんていうのが評判になれば、面倒なことになりそうなのはわかる気がするなとラギーは思った。

 少し人が減り始めた二十一時少し前、レオナが来た。

「あっレオナくんだ。いらっしゃい」

 アンさんが声をかけると、レオナは軽く会釈した。国や家庭のいろいろな事情からレオナはいまだに年上の女性にはなんとなく遠慮のようなものがある。

「レオナくん占いやらない? 今日カード持ってきてるから」

「いや、そういうのはあんまり信じてないので……」

 レオナはママにビーフシチューをオーダーっしつつやんわり断った。

「レオナさんやってもらったらいいじゃないッスか。面白そうだし」

 ちょうど他の客のところへ給仕に向かうラギーが通りすがりに言うと、レオナが面倒なことを言うなという顔で睨む。

「何がいい?探し物とか願い事とか」

 レオナの言葉を無視して占いは決行されるらしい。

 願い事。学生時代の星送りのイベントで、願い事を言うように乞われて毎回適当なことを言ったことをレオナは思い出した。

 願いを言うのがバカらしいと思ったのは、星送りなんていう迷信を馬鹿にしていたのもあるが、それだけではなく否定し続けられた願い事を他人に言うなんてとてもできなかったことと、特に印象的だった流星群を伴った年は、自分の願い事の本質について考えていた時期だったせいもある。

「……なんでもいいのか。抽象的な話になっても」

「なんでもいいよー。ただ抽象的なお題だと出せる答えも抽象的になるかもしれないけど勘弁してね」

 乗り気な目の前の女性をうまくあしらえないことに対してレオナはため息を一つついて、占いの命題を告げた。

「俺の頭の上にある岩が、この先どうなるのか」

 レオナはあえてぼかして言ってみたが、言った瞬間アンさんの目がぎらぎらとした気がした。

「はい、わかりました。じゃあいっしょにカードを混ぜてください」

 テーブルの上に伏られた状態のカードたちを二人で混ぜる。しばらくそうした後、アンさんは混ざったカードを一つにまとめて、その一番上のカードから何か決まった形に並べていく。並べ終わったら一枚ずつめくって絵柄を明らかにしていくのを見ながら、最初から絵柄を見せながら並べるんじゃだめなのか、とレオナは思った。

 カードから視線を上げて、アンさんを見るとやっぱり目がぎらぎらしている気がした。

「岩は動かせないですね。なんでかというとその岩はあなたの一部、血であり肉だからです。過去から未来にかけて、一生あなたと共にありつづける」

 アンさんは歌うように占いの結果を述べた。占いというのはどうとでもとれる言い方をして、当たってると思わせるのが常套手段というが、岩が血であり肉であるというのは、当たっているなとレオナは思った。

「この先の未来のことをカードが語っています。岩は動かせないけれど、そのかわり他の荷物が増えていきます。頭上に新しく載るものもあるでしょう。ただ荷物が増え続けるというのは未来が閉ざされない証拠です。良いか悪いかは別として、荷物が増えてどんどん重くなっていけば、岩の重さは気にならなくなります」

 カードを見ながらすらすらとしゃべるアンさんは、ぎらぎらしていない目に戻ると

「嫌な気持ちになった?」

 とレオナに聞いた。

「いや、悪くない結果だ。なかなか良いカウンセリングだな」

 少し皮肉を込めてレオナが答えると、アンさんは笑った。

「じゃあここからはカウンセラーじゃなくて人生の先輩としての質問だけど」

 アンさんは続ける。

「岩を置いた人のことを恨んだことはある?」

 少し切実な響きを持った質問だった。

「……ああ」

 レオナは答えた。

「今でも、恨んでいる?」

「……わからない」

 かつて恨んでいたことは確かだと思っていたけれど、最近は恨んでいたのかもよくわからないなという気もしていた。

「じゃあ」

 アンさんは最後の質問をした。

「人を呪うのはそんなに悪いことかな」

 レオナは少し驚いていた。物腰からして、アンさんはレオナが恨み妬んできた「あちら側」の人間だと思っていた。その人間がそんな質問を言うのか。呪いは自分のような人間の特権ではないのか。

 レオナは少し考えて率直に自分の思うことを答えることにした。

「悪いかどうかはわからない。けど悪くても生きていける。その資格がある。今の俺はそう思っている」

 その言葉を聞くと、アンさんは予言も助言も必要なさそう、と言って笑った。その笑う顔はやっぱり自分よりも自分の家族たちに近い性質のものに見えるとレオナは思った。

「意外と運命ってやつを気にする人間なんでな。そういうことは聞かずにオタノシミにするくらいが俺にはちょうどいいんだ」

「ふぅん。じゃあ恋愛運とかも見なくていいんだ?」

 人差し指と親指で輪をつくりにこっと笑って「お見通し」と言葉なしに伝えてくる。それこそ自分で、というか自分たちでどうにかしていくことだから別にいいと思うと同時に、やっぱり女は苦手だとレオナは思った。

 ちょうど運ばれてきたビーフシチューセットのおかげで、占いはおひらきになった。

「どうだったんスか?占い。金運みてもらいました?」

 バイトが終わり、帰り道を二人で歩く途中でラギーが尋ねた。

「お前じゃねえんだからんなもん見てもらわねえ。まああれはなんというか、ユニーク魔法みたいなもんだろうな。ただの話術じゃなさそうだった。」

「えー。じゃあなおさら気になるんスけど。占いの結果」

「俺は信心深いからこういうのはしゃべらないほうが当たると思ってるんだよ」

 レオナの言葉にラギーは面白い冗談スね、と返したが、でも当たってほしいってことはいいことだったってことかあと言って、なんだか満足気な顔をしていた。

   ◇

「で、願い事どうしましょうか。信心深いレオナさんは願い事は秘めとくんスかね」

 赤い紐が穴に通され結ばれた薄い木の枝をリビングの出窓に置き、指先でいじりながらラギーが言う。

「お前は金運アップじゃないのかよ」

「まあそれでもいいんスけど」

「お前こういうの信じる方だったか?」

「うーん信じる信じないというより、今願い事があるならそれをまじめにお願いしたほうがいいって思う方ッスね。もったいないというか。願い事を言って叶わない可能性はあるけど、なにかデメリットがあるわけじゃないし」

「ふうん」

 ラギーらしい貧乏性だなと思うが、言っていることはわからなくはない。

「レオナさんて学生時代の星送り何願ってたんスか?」

「なんか適当なこと言ってた気がするけど適当すぎて忘れたな……」

「あーっぽいッスね……」

「そもそも星に願うって言うのが苦手なんだよ」

「苦手?」

 星に願うのに苦手もなにもあるのか。興味を持った様子で聞いてくるラギーにレオナは余計なことを言ったなと思ったが続けた。

「星は過ぎ去りし偉大な王、って昔話きいたことないか」

「ああ。若い王が悩んでるときに過去の王様が導いてくれるってやつッスか」

「……子供の頃、空を見上げても何も聞こえなくて、俺が王になれないからかっていじけてた」

 バツが悪そうにレオナが言うので、ラギーは目を丸くした。

「ええ……子供の頃のレオナさんめちゃくちゃかわいいッスね」

「星の光がガスが燃えてるだけなんて、その頃もう知ってたのにな。なかなか関係ない話だって思えなかった。俺にもかわいい時代があったってことだ」

 レオナは頭をかくともうこの話は終わりにしろという顔をした。だがラギーはうーんとうなったあと、

「でも……オレは悩んだときに星に相談するような王様嫌ッスけどね。だって昔の王様にしても星の光にしても、ずーっと昔の過去のものでしょ。なんかそれって寂しくないッスか。今そばにいる人間を見たり、未来のことを考えたり、そういうものでしょ。王様って」

と言った。

 レオナはそれを聞いて、さきほどの占いの結果を思い出した。過去の王たちが語りかけてくれなくても、他に誰かがいれば、静寂が気になることもなくなる。

 レオナは窓を開けて星を眺め始めたラギーを後ろから抱きしめた。欲しいと願って手に入れることのできた数少ない大切なもの。

「子供のころを思い出して甘えたくなっちゃったんスか?しょうがないなあ」

 ラギーは笑って自分を抱きしめるレオナの、自分より大きな手をなでた。

「レオナさん、願い事が叶わないことに慣れちゃだめッスよ。オレだって、ずっとスラムで人のもの奪う側に回って、腹すかせて生きていくんだろうなって昔は思ってたのに、魔法使えるようになって、名門校に入れて、レオナさんに会えて、人生変わったんスよ」

 レオナのぬくもりを感じながらラギーは言い聞かせるように話した。レオナは、ん、とだけ答えて他に何も言わなかった。

 自分たちの願いは、きっと同じだ。今だけでなくてずっと先の未来まで及ぶ願い事。ラギーは目を閉じて未来を思い描いてみる。願うことが下手くそなこの人の分も、自分が下手くそな字で堂々とその同じ願いを綴ろうとラギーは思った。

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