My Sweet

 スラムの中でも酒場や娼館の立ち並ぶあたりから離れた居住区は夜間早めに灯が落とされる。その燃料がもったいないからだ。電気は通っていないこともなかったが、こちらもタダではない。それならばさっさと寝てしまってまた日が昇ってから活動を始めた方が良い、というのが夜の街では働けない者たちの生き方だった。

 だが、そんな場所が今日は夜更かしをしている。ふわふわと魔法で浮かぶかぼちゃたちは中がくりぬかれ、中に火魔法が灯されていることでやわらかなオレンジ色の光を放っている。

 住民たちは普段はただ眠るだけの夜の時間を、配られた菓子とお茶を手に談笑しながら過ごしていた。

 そしてそこから少し離れたあたりで、このささやかなハロウィンの催しの実行者たちがその様子を見ていた。

「実習中の貴重な休みなのに手伝ってくれてありがとうございました」

「別に。そもそもそういう交換条件だっただろうが」

 ラギーの率直な感謝の言葉に、差し出されたあたたかいお茶を受け取りながらレオナは大したことないというように返事をする。

 四年になり実習のため寮を離れたもののラギーの味が恋しくなったレオナが、ラギーに保存のきく料理をまとめて作らせて滞在先に持ち帰ったときに、報酬の代わりにお願いがあるんスけど、とラギーが持ちかけたのがこのささやかなハロウィンパーティの開催だった。

「菓子を作ったのはお前だし、ランタンくりぬいたのもお前だろ。俺は浮遊魔法と火魔法を手伝っただけだ。それにしても」

 レオナが一度区切ってラギーの顔を見る。

「お前がこんな金にならない娯楽に労力かけるなんて珍しいじゃねえか。どういう心境の変化だ?」

 帰省時に大量の食べ物を持ち帰っているのと今回のこれは、ラギーにとっては大きく異なるものだということがレオナにはわかっていた。

 ただ菓子を配るだけなら日中でも構わないしランタンもいらないはずだ。かつてのラギーならそんなものは無駄だと考えていただろう。

「オレに贅沢を教えた人がそういうこと言います?」

「俺のせいか」

 二人でニヤニヤと顔を見合わせる。良くないことを企んでいるかのように。

「……オレは」

 まだ少し口もとに笑みを残したまま、ラギーがぽつりぽつりと語り始めた。

 贅沢になってきたこと。楽しいことの価値を知ったこと、世界が広くて自分でも行きたいところに行けると思ったこと。

「舌も肥えてきちゃって……。失礼ッスね笑うとこじゃないッスよ。甘いものなんてはっきりごちそうだったのに、焼き立てのほうがうまいとか、どうせならチョコとかクリームがのっててほしいとか、そういう自分を自覚するとなんかスラムに戻れるのかなって思っちゃって。それって」

「そんなの裏切りでもなんでもねえだろ。お前を育てたモノがお前の足引っ張ってどうすんだよ」

 レオナが先回りして言う。ラギーはぽかんとした後、オレそんなにわかりやすいかなあと頭を抱えてうずくまった。自分の中にあるセンチメンタルな感情を他人に、ましてやレオナに見透かされるのは結構恥ずかしい。だがレオナが茶化さずに真面目に意見をくれたことはうれしかったから、その言葉は素直に受け取ることにした。

「お前はその罪悪感でコレをやろうとしたのか?」

 レオナが尋ねると、ラギーはうずくまったまま首を横に振った。

「オレがここに持って帰りたいものが、食べ物じゃなくてオレの知ったセカイそのものになってきちゃったんスよ。それだけ!」

「そうかよ」

 レオナは少しぬるくなったお茶を一口飲んだ。この時期のこの地域は夜は冷える。防寒はしてきているが体にじわりとあたたかさが染みるようだった。

 ラギーも手に持っていたバスケットから紙コップと水筒を取り出しさっきレオナに渡したお茶を入れた。このお茶もリドルが何かの折にくれた茶葉で淹れたもので、スラムにいた頃には口にしたことのない上等なものだった。

 さらにバスケットからチョコレートのかかったワッフルを取り出してかじりつく。少し甘めのワッフルに、ビターチョコレートをかけたもので、甘さと苦さの調和した味が口の中に広がっていく。スラムにいた頃は知らなかった味。

「オレ昔は好きになる人ももっとわかりやすく優しかったりかわいかったりする人なんだろうなと思ってたッスよ」

「ふうん」

 二人ともちびちびとお茶を口にする。

「……俺だって似たようなもんだ。スラムのハイエナが作るメシがこの世で一番うまいなんて知らなかったし、そいつにこんなに必死になると思ってなかった」

「レオナさんのは舌の退化じゃないッスか」

「言うじゃねえかラギー」

 レオナが凄むとちょっとした自虐ギャグッスよお! とラギーは手を振って誤魔化す。

「……必死なんスか」

「必死だよ。お前が食い物に必死なのと同じくらい」

「オレだって結構必死ッスよ」

「それは何に対してだ?」

 また意地悪な顔をされたのでラギーは頬を膨らませる。だけど甘いだけではないこの味が、ラギーはもうやみつきになってしまって離れられないのだ。だからその問いには少し首を傾けて目を閉じることで答えることにした。

 喧騒からは少し離れた場所、ふわりふわりとランタンが浮かぶロマンチックなハロウィンの夜。二人を包む空気の糖度が上がっていくのに時間がかかるはずがなかった。





2022/10/16 イベント無配ペーパー

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