【レオラギ】ラブソングフォーユー!
「ラブソングフォーユー!」
文庫/56ページ(表紙等込)/400円(会場頒布価格)/全年齢
レオナの婚約者候補の突然の来訪から始まる呪いと応援のお話です。
・オリジナルキャラ多数
・オリジナルのレオナの婚約者候補がいます。
・恋愛要素はレオラギのみ。他キャラは片思い等もなし。
・捏造設定多数
・ヴィルがちょっとしゃべる。
・個人の二次創作です。
多種多様なバイトの経験によって、様々なスキルを身に付けてきたラギー・ブッチだったが、同級生の経営するラウンジで学んだ「パーフェクトな紅茶の淹れ方」を、現在お付き合い中の恋人であり、自国の第二王子であるレオナ・キングスカラーの婚約者であるという貴族令嬢に披露することになるとは思っていなかった。
接客技術は身に付けていてもこういったシーンでの正式な接遇など知るはずがない。もっともここは立派なお城の貴賓室などではなく、部活や広報関連の来客や少し特別な事情のある保護者を迎え入れるのがせいぜいの、学園の応接室なのだから、ただの学生である自分が大それたマナーを身に付けていないのは勘弁してもらおう。そんな気持ちでラギーはどうぞの一言だけをそえて、いろんな意味で面倒で関わりたくないお客様の前に紅茶を注いだカップを置いた。
椅子にはかけず彼女の脇に立つ連れである青年のほうをちらと見やると、おかまいなく、と手でジェスチャーを返される。屈強なサバナクロー生たちと比べると体の線も細く物腰が穏やかだが、護衛兼従者といったところだろうか。王族に嫁ぐような名家のご令嬢にしては、随分地味な従者である。
地味といえば、従者だけでなく、彼女の服装も質は良いものだろうが華美すぎずフォーマルすぎずの、平たく言えば一般市民に擬態するかのような恰好である。婚約者である王子に会うにはいささか不自然さを感じる。もっとも獅子の耳としっぽを見れば、ある程度良い家柄の人物だということはわかってしまうが。
二人を気にしつつも、向かい合って座るレオナの前にも同様にカップを置く。
ティーセット一式をのせてきたワゴンのハンドルに手をかけ、失礼いたします、と言いかけたところで、いつくるかと身構えていた命令をレオナが口にした。
「ラギー、お前も残れ」
わざわざお茶の準備を言いつけられた時点で、カンのいいラギーにはこの何らかの面倒ごとに巻き込まれることは予想できていた。
「アリア・フォン・マイゼンと申します。お見知りおきを」
「ラギー・ブッチです。よろしく……」
公爵令嬢アリアは、自身の了承もとらずにレオナがラギーが立ち会うことを命じたことについて特に意に介さない様子で名乗り、よろしければおかけになって、とラギーに椅子をすすめた。
「随分急な訪問だな。王宮での公式な接見でなく学園でお忍びの面会とは、よほどの事情がおありかな、婚約者殿」
「私は婚約者ではなく、二十八人いる婚約者候補の一人にすぎません。婚約者が内定しないのはレオナ様が決定を先延ばしにしているからと伺いましたが、私の誤解だったのかしら。ここまで押し掛けたことについては非礼をお詫びいたします。それもレオナ様が通常通り卒業されていれば問題なかったのですけれども」
面倒だという態度を隠さずに微妙に棘のある言葉をぶつけるレオナに対し、アリアが嫌味で返す。やはり自国の女性は強い。ラギーは見えない火花がバチバチと散るのを感じていた。
「まあまあ、アリア様。今日はお願いがあって来たんでしょう。そういう言い方はよくないですよ」
従者が仲裁に入り、アリアは少し不服そうな顔をしたが申し訳ありません、と呟いた。
「申し遅れました、僕はマイゼン家で書生をやらせていただいているヒューゴ・バルトと申します。今日はアリア様がお忍びでレオナ様にお願いに伺うということで、付き添わせていただきました」
「第二王子の俺に公爵家の人間にしてやれることなんざないが。お前の態度からして抜け駆けして俺との婚約を有利に進めようってわけでもないだろう」
ラギーは、レオナがこうやって横柄な素に近い態度をとる程度にはこの女の訪問目的に関心があるのだろうと感じていた。もし本当にどうでもよい、自分の立場上付き合いがあるだけのお嬢様であれば、きっともっとやんわりといなしている。アリアもアリアで、レオナに媚びようとはしていない。嫌味を即座に返せる程度には頭の回転も速い。
(あれ……?)
身分の違いだとか、性別のことだとか、そういうことで悩むことも最近は少なくなった。嫉妬からくる悲しみや怒りを感じるわけではないが、自分の思い描いていた金持ちの馬鹿女とは違うタイプのお嬢様という生き物が存在したということに、ラギーは軽いカルチャーショックを受けていた。そしてレオナに「そういう選択肢」があることに少なからずもやもやとしたものを感じていた。
そんなラギーの胸中におかまいなしに、アリア嬢はラギーの淹れた紅茶を一口飲み、カップを置いた。そして意を決したように口を開いた。
「――私の出奔の手伝いをしていただけませんか」
予想外の内容に、さすがのレオナも少し面食らった。
「候補とはいえ……婚約者に家出の手伝いをさせるなんて随分な話だな。男と逃げんのか」
レオナがちらとヒューゴを見やると視線に気づいた彼はぶんぶんと手を振って否定した。
「婚約にやる気のないレオナ様だから、お願いできることです。手を貸したことがバレてもあなたの立場ならそう多くの人から責められることはないでしょう。それにあなたにとっては決定もお断りもできず頭の痛い婚約者候補問題が一人分片付くというメリットもある」
ついでですが駆け落ちではありませんので、とアリアは最後に付け足した。
頭の痛い問題の下りが図星だったのだろう。レオナはバツの悪そうな顔をして頭をガシガシとかく。
「なら理由はなんだ? 婚約者候補の解除が目的なら正式な申し入れがあればリストからの削除は可能なはずだ。俺に頼みに来るってことは俺に気を使ってるわけでもないんだろ。だいたい出奔つったってあてがあんのかよ」
「音楽の道に進もうと思っています。輝石の国で、仲間と一緒にそれなりの事務所との契約の話が上がっていて……。私もその道を進む覚悟を決めたんです。」
ここまで冷静に、淡々としゃべっていたアリアの瞳が、水面か炎のようにきらきらと揺らめくのをレオナは見た。夢を語る者特有のその揺らめきが、いつぞやのマジフト大会のときの寮生たちを思い起こさせた。
もう五年ほど前だっただろうか、王宮での定期的な交流会の際に、彼女がヴァイオリンを弾いた時のことをレオナは思い出した。つまらない賛辞を周りの連中は並べていたが、レオナの耳にもその演奏はお嬢様がたしなみでやるレベルをはるかに超えていて、そんな陳腐な言葉で評価されるようなものではないと感じる演奏だった。選曲自体はその場にふさわしいものをといったつまらないものだったが、演奏自体はなかなか面白かった。音楽は専門ではないが、おそらくいくつかセオリーを破り、自己解釈を交えていたのだろう。それは家の都合で定められた婚約話への抵抗のようで、その分レオナの心に残った。
王になれもしないのに、王族の血を残すために上等の血をもつ交配相手をあてがわれるのは苦痛でしかなかった。その相手が、子を成す媒体として消費されることから逃れ、面白いと感じた音楽の道を選ぼうというなら――レオナにとってそれはなかなかに愉快な話だ。記憶に残るあの日の旋律に後押しされるように、レオナは結論を出した。
「事情はわかった。いいぜ。こちらからの婚約候補解消の手間を省くのと、投資のつもりで協力してやる。他国の芸術家様にコネを持っておくのも悪くねえ」
「ありがとう。必ずあなたに益のある結果を出して見せます」
令嬢はこの日初めての笑顔を見せた。
◇
詳しくはまた改めて、と言ってアリアとヒューゴは帰っていった。帰りがけに何やら学園長がぺこぺこと挨拶をしていたのを見る限り、今後も応接室の便宜をはかってもらうだけの下準備は済んでいるのだろう。
「オレ本当に同席しちゃってよかったんスか」
寮に戻る道すがらラギーが確認すると
「お前も手伝うんだから、そのほうが俺から説明する手間が省けるだろ」
と予想通りの答えが返ってきたため、ラギーは肩を落とした。どう考えても面倒そうな金持ちの事情に巻き込まれている。
報酬を弾んでもらわなければ割にあわない、と交渉をするべく口を開きかけたところで、レオナが複雑そうな顔で見つめてきていることにラギーは気づいた。咎めるような、懸念するような、そんな顔だ。
「え、なんスか。オレ別に言いふらしたりする気はないッスよ。その代わり口止め料もしっかり上乗せしてほしいなーなんて……」
「お前なんとも思わなかったのか?あの女とのこと」
「え」
レオナは少しバツの悪そうな顔をしてふいと目をそらしたが、声のトーンは真剣だった。
ラギーはそれで、昼間感じたもやもやした気持ちを思い出した。嫉妬とまではいかないが、自分でなくても他の選択肢があるのではないかと考えたこと、そしてレオナがその選択肢である女の願いをきくことにしたこと。
「あー……。いや、確かにちょっと考えましたよ? 金持ちのご令嬢なんてバカ女しかいないと思ってたけど、結構ハキハキしてて頭も良さそうだったし、こういう人ならアンタとも上手くやれるんじゃないかなみたいな? アンタもストレスなく言いたいこと言えてそうだったし……。顔も表情はきつめだけどよく見たらかわいいんじゃないスか。あ、でも嫉妬で仕事手抜くとかはありえないんで、そこは安心して、キッチリ報酬出してほしいッス」
ペラペラと言葉が口から出てきて、それは本心だったが、本心だからこそラギーは恥ずかしくなってきて最後のあたりは顔が熱くなっていた。
これは男らしくなかったしからかわれるな、と思ってレオナの方をみると、憮然とした顔のまま予想していなかった言葉が降ってきた。
「少しは嫉妬しろよ」
心なしか、レオナの顔も赤い。
「え……」
嫉妬なんて面倒がられると思ったのに。
「嫉妬してほしかったんスか?」
「まあな」
やけくそみたいにレオナは言うと、一呼吸置いて話しはじめた。
「お前と……。こういうことになってから、面倒で婚約話を保留してて良かったと心底思った。正式に婚約しちまえば、破棄は難しいからな」
普段怠惰なくせに、そこまで考えていたのかとラギーは思った。この恋に本気かどうかと、それが永続的な関係かは、彼の立場を考えれば関連付けできないということを考えたことがないわけではない。ただ、恋して恋されてそのものが初めてのラギーにとっても、永遠を誓うことを上手く想像することはまだできなかったから、未来の保証がないことが悲しいのかどうかもわからなかった。
レオナは続けた。
「王にもなれねえのに、王族の血に縛られて結婚相手も自分で決められないことがずっと不満で決定を先伸ばしにしてた。ただ、そのせいで婚約者候補たちを中途半端に縛り続けてるのは、俺も同じだと思った」
お前に会ってから、と言葉を補うレオナの顔は珍しく真剣だった、
「アリアは同い年だし一番年上の候補者は八つ上だ。長年自由を奪っておいて俺だけ自分で選んだ相手と結婚するわけにはいかないだろ」
自分で選んだ相手、結婚、ラギーの頭の中にスタンプのようにそれらの言葉が貼り付いていく。それは、つまり。
「だから、候補から外れたいつってるあいつの話には乗りたいし、そういうわけだからお前にも協力してほしい」
今の関係になる前もなった後も、レオナとラギーの関係のベースとなっているのは主従関係だ。命令と報酬を受けとれば、ラギーはそれに応えてきた。
だが、今回は少し違う。ラギーとの将来を見据えていることにも、だからこそ命令ではなく協力の要請であることにも、なんでもできるはずのレオナが一人でなく二人でやりたいと考えたことにも、ラギーは驚いたが同時に――。
(ヤバイ……。うれしい……)
感情がこみ上げ言葉が紡げない。だが、聡いライオンにはそれで全て伝わったようでさっきまでと打って変わってふっと笑うと、ぐいと隣のハイエナの肩を抱き寄せ、唇の横のあたりに口づけた。
「その俺には全部わかってるみたいなにやにや笑いと態度、やめてもらっていいッスか」
ラギーがじとりと睨むとすっかり上機嫌になったレオナは、好きなくせに、とさらに笑みを深くした。
もー、と照れ隠しに起こった顔をするラギーにレオナはさらに追い討ちをかける。
「顔、あいつよりお前の方がかわいいけどな」
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