幸せのかたちについて

 長いこと朝日はオレにとって、昨日を生きのびてまた自分の命が少しだけ延長されたことを告げるものだった。

 それが幸運なことに名門魔法士養成学校に入学して、生きるために必要な力をつけて、明るい未来のようなものへの道筋が少しずつ見えてくるようになってから、あまり眩しくなくなっていって、日常にとけこんだものになった。

 その光があたたかくていとおしいと再び感じるようになったのは、レオナさんと夜を共にして朝を迎えるようになってからだった。年上と言ったって大人と子供ほどの差があるわけではないのに、自分という存在がまるごと包まれてるかのように感じる腕の中で目を覚ますと世界が光に満ちていて、その時に金でも食べ物でもないものにも自分は幸せを感じるんだなと他人事のように思うことが何度もあった。

 もう既に学生じゃなくて、オレたちは寮長と世話係でもなくて、なんとなく思い描いていた未来を歩み始めて、そういう朝を迎える頻度が減っても、それは変わらない。

 だから、突然レオナさんにお前にとっての幸福はなんだと聞かれたときに、とっさに目を覚まして朝日が目に入ることだと答えてしまったのだ。レオナさんらしからぬその質問は、レオナさんらしからぬ切実な響きをもっていたというのに。

「お前にしては随分ささやかな回答だな」

 レオナさんは茶化しもせずに、ただその意外さを口にした。

「改めて聞かれると難しいッスよ。腹いっぱい食うこととか、棚ぼたで大金手に入れることとかいろいろあるッスけど」

 ただそれらよりもさっきの回答を選んだのは、自分の幸せというものの中にはもうどうしたってレオナさんが存在するからだった。そして直接そう伝えるのが恥ずかしいとか難しいとかではなく、すぐに頭に浮かんだ幸せな時間を象徴するのがその答えだった。

 敏いレオナさんでも、そのことには気づかなかったのか、ふうんといったまましばらく黙っていた。

 そしてこう言った。

「ってことはお前を幸せにすることは誰にもできないってことだな」

 本当に難儀な人だと思う。どうしてそうなるんだ。そんな当たり前の幸せなら誰でも与えられると、オレの幸せを意味する唯一の人だけが思ってくれない。太陽はただ昇り沈むだけで誰の干渉も受けない。それは事実ではあるけど、そんな捉え方をするんだな、この人は。

「俺は」

 レオナさんはさらに言葉を続けた。この国の誇る美しい夕焼けを背にしていて、表情が少し見えづらい。

「幸せの形は人それぞれなんて言葉で、自分の思う形すら決めずにいるのは逃げだと思う」

 オレの好きなレオナさんのギラギラとした瞳をじっと見つめる。魔法や能力やあらゆるものがこの人に勝てなくても、ここは対等でいなければいけない。この人とずっと一緒にいてオレがわかったことの一つだ。

「じゃあ教えてください。レオナさんの思う幸せの形」

 そう言ってやったらレオナさんはその大きな手でオレの手首をつかんで、オレの体を引き寄せてその答えをそっとささやいてくれた。

 オレの幸せに西の空の赤い光も混じるのを感じながら、レオナさんにも伝わる言葉でさらに答えを返した。

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